そのニュースが日本全国を駆け巡ったのが1996年8月のこと。「〝寅さん〟として広く国民的人気を博している俳優の渥美清さんが、8月4日午後5時10分、転移性肺がんのため文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院にて死去した。68歳没』。
渥美清さんは、「拝啓天皇陛下様」や「あゝ声なき友」「八墓村」......などの映画作品で主演を務め、その才能を遺憾なく発揮。とりわけ、「フーテンの寅」こと車寅次郎を演じた「男はつらいよ」は国民的映画シリーズでした。
柴又は、古くから題経寺(柴又帝釈天)の門前町として知られてきました。この街を舞台とした「男はつらいよ」の冒頭で流れる「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい......」という〝寅さん〟の口上によって、柴又はより多くの人に知れ渡るようになったのです。
「レインボーズアパートメント柴又」の最寄り駅である北総線「新柴又駅」の発車メロディーは、「男はつらいよ」のイントロダクション。夜、当ホームの窓を開けていると、「♪トゥ~、トゥルルルルルル、トゥルル~ル、ルルルルルルル~」と、哀調を帯びた発車メロディーが聴こえてきます。
渥美さんが亡くなり、27年という決して短くない歳月が流れ去りました。それでも、〝寅さん〟は柴又のあちらこちらに面影を残しています。換言すれば、柴又の街中で生きているのです。DVDのポスターや撮影時の写真、ブロンズ像......として。そして何よりも、柴又の人々の心の中で......。今年もまた柴又に〝8月4日〟が巡ってきました。

カードやコイン、鳩、時には電動ノコギリなどを用いて、見ている者を魅了するエンターティナー。そう、マジシャンの手品や奇術に心躍らされた人は少なくないはずです。当たり前のようにマジックを成功させ、失敗しないのが当然のように表情を変えずに次のマジックに移行していく煌びやかな様は私たちを驚愕・歓喜の瞬間へと誘ってくれます。
マジシャンとして活動するうえでの特別な資格や免許は必要なく、実力さえあれば誰もが活躍できる領域だそうです。しかし、指先の素早いテクニック、心理的トリック、目の錯覚などで人々の心を奪うには日々の鍛錬が不可欠です。
そんなマジシャンになりたいという夢を持っている利用者さんが「レインボーズアパートメント柴又」にもいます。Nさん(20歳代・男性)です。
Nさんは保育園に通っていた頃、母親が披露してくれた手品を間近で見て、魔法のようだと感動したと言います。そして、自分も手品をやってみたい......、という想いが湧いてきたそうです。
その気持ちを知ったNさんの母親が自宅そばの古本屋でマジックの入門書を購入し、Nさんにプレゼントしてくれました。保育園児はその本を頼りに見様見真似で手品を覚えていきます。加えて、母親からも直に手品を教えてもらうようになったのです。こうして、少しずつ、でも確実にNさんのマジックの腕前は上達していきました。
以来、毎年12月25日、サンタクロースからのプレゼントはマジックに関するグッズでした。Nさんの幼少期のクリスマスは、新しい手品のとの出会いでもあったのです。
マジックのタネが増え、かつ腕前が磨かれ、Nさんのマジックへの熱はますます帯びていきました。保育園の卒園時、将来の夢として『マジシャンになりたい』と文集に書き込んだほどです。また、小学生のときには、クラスのお楽しみ会で必ずトランプマジックを披露したそうです。
Nさんは、中学校の制服に袖を通してからしばらくすると、マジックから遠ざかりました。興味の針が他の遊戯に傾いていったからです。
そして、15歳のとき、病気で入院。病室で時間を持て余していたNさんは、視界に入ってきたトランプを手に取りました。そして、同じ病棟に入院中の女性に披露したのです。すると、その人の少し悲しげだった表情が驚愕の色を帯び、最後は笑顔になったのです。
「マジックは魔法ですかね。悲しい顔を笑顔にしてしまう。目の前で普通ではあり得ないことが起こって、それを心から楽しめます。これから、マジックをすることがぼくの心の支えになるかもしれないですね」(Nさん)
Nさんがマジックから遠ざかることは二度とありませんでした。
当ホームのリビングでも、Nさんはトランプを手にします。素早く器用にカードを切ってマジックを披露すると、他の入居者が満面の笑みを浮かべます。
普段から笑顔を絶やさないNさんですが、手品を成功させたときだけは表情が引き締まっています。マジシャンはマジックを成功させるのが当たり前のことだから......。

昨今、街中から書店が次々と姿を消したり、電車の中で書籍を手にしている人が希少となったりしています。それが時流というものですが、少数派となったものの、まだまだ本を愛する人がいるのも事実です。「レインボーズアパートメント柴又」にも、読書を趣味としている利用者さんがいます。Mさん(50歳代・男性)は、流行作家の作品でもなく、ベストセラー小説でもなく、自己破滅型の私小説家・太宰治の世界を愛しています。
Mさんが太宰の小説を初めて手にしたのが高校生の頃。父親が蔵書から何気なく引っ張り出したのが『人間失格』。人間社会のなかで上手に立ち回れない主人公が破滅していく内容の作品です。
Mさんは、主人公の心情に共鳴したそうです。加えて、ジャンルは大きく小説の範疇に括られるものの、私小説の要素がふんだんに盛り込まれていたので自身を投影できたと言います。
それから30年以上の歳月が流れ去り、五十路に突入したMさんは、再び太宰の作品に手を伸ばしました。若い時分に読んだ『人間失格』にも心を揺さぶられたのですが、齢を重ねて読んだ他の太宰作品群でも、主人公たちの心模様と自身の心象風景が重なり合いました。小説に、とりわけ私小説にすがりつきたい夜もあるのです。
Mさんの居室には、けっして器用に生きたとは言えない私小説家の文庫本が、どんな装飾品よりも輝いて並んでいます。

〈さまざまなこと思い出す桜かな〉──江戸時代前期の俳諧師・松尾芭蕉の句です。今年も「桜の季節」が巡ってきました。精一杯咲き誇る淡紅色・濃紅色の花びらを見上げ、「さまざまなこと」に想いを馳せた人も少なくないのではないでしょうか。
東京都葛飾区は、水元公園や新小岩公園、奥戸スポーツセンター公園など、数多の「桜の名所」を擁しています。とりわけ、「レインボーズアパートメント柴又」から程近い柴又公園は、江戸川河川敷の風景のなかに桜が溶け込んでいる風光明媚な場所です。元々、この辺りの江戸川堤には、戦後しばらくして伐採されてしまいましたが桜並木があったそうです。
精一杯咲き誇る桜も見事ですが、潔く散りゆくその姿には儚さを包含した美しさがあります。「レインボーズアパートメント柴又」の周辺の桜も散り始めました。当ホームの利用者さんも、散歩や通勤・通学の途中、咲き誇り、そして散っていく桜を瞳に映していたことでしょう。きっと、さまざまなことを思い出しながら......。

利用者さんが通所先などに出かけたあと、静まり返ったホームの中で突然玄関のインターホンの音が鳴り響きました。
誰かの荷物が届いたのかなと思い、出てみると・・・
お米屋さんでした。
レインボーズアパートメント柴又では、毎日の食事で提供するお米を近隣のお米屋さんで購入・配達してもらっていますが、たまたま近くに来る用事があったお米屋さんが気を利かせて注文を取りに来てくれたようです。
少しずつですが着実に地域の中に根付いています。
利用者さんがピアノを買いました。
散歩していたら、グループホームの近くにピアノ教室があって、昔ピアノを習っていたことを思い出したんだそう。
休みの日に習いに行ってみようかな、なんて言葉も聞かれています。
みんなの前で披露していただけるのを楽しみにしていますね。
「時々お昼ご飯の調理を自分でしています」と相談支援のモニタリングの時に報告した利用者さん。
どうやら相談支援専門員から「作った料理の写真を送ってほしい」と背中を押されたようです。
早速、昼食を作って写真に撮り、報告していました。
一人暮らしをすることが夢の利用者さん、着々とその夢に向かって進んでいます。

働いて貯めたお金で年末に購入したベッドが、先日配送されました。
早速感想を聞いてみたところ「最高です!」とのこと。
日頃の疲れをしっかり休めて、明日の仕事に望めそうです。

自立を考えてホームから一歩踏み出そうと別のグループホームの体験に行っていた利用者が、体験を終えて帰ってきました。
別のところを体験してどうだったか感想を聞いてみると、このまま柴又のホームで生活したいとのこと。
理由を聞いてみたところ
・食事の内容は同じだったが、品数が柴又のホームの方が多かった
・生活の感じは向こうのホームの方が気楽に生活できるような感じだった
・通院に関しては柴又のホームから通った方が便利だった
など話してくれました。
そして最後に
「ホーム近くの自販機が安いから」
ですって(笑)
生活費って、大切ですね。
