カードやコイン、鳩、時には電動ノコギリなどを用いて、見ている者を魅了するエンターティナー。そう、マジシャンの手品や奇術に心躍らされた人は少なくないはずです。当たり前のようにマジックを成功させ、失敗しないのが当然のように表情を変えずに次のマジックに移行していく煌びやかな様は私たちを驚愕・歓喜の瞬間へと誘ってくれます。
マジシャンとして活動するうえでの特別な資格や免許は必要なく、実力さえあれば誰もが活躍できる領域だそうです。しかし、指先の素早いテクニック、心理的トリック、目の錯覚などで人々の心を奪うには日々の鍛錬が不可欠です。
そんなマジシャンになりたいという夢を持っている利用者さんが「レインボーズアパートメント柴又」にもいます。Nさん(20歳代・男性)です。
Nさんは保育園に通っていた頃、母親が披露してくれた手品を間近で見て、魔法のようだと感動したと言います。そして、自分も手品をやってみたい......、という想いが湧いてきたそうです。
その気持ちを知ったNさんの母親が自宅そばの古本屋でマジックの入門書を購入し、Nさんにプレゼントしてくれました。保育園児はその本を頼りに見様見真似で手品を覚えていきます。加えて、母親からも直に手品を教えてもらうようになったのです。こうして、少しずつ、でも確実にNさんのマジックの腕前は上達していきました。
以来、毎年12月25日、サンタクロースからのプレゼントはマジックに関するグッズでした。Nさんの幼少期のクリスマスは、新しい手品のとの出会いでもあったのです。
マジックのタネが増え、かつ腕前が磨かれ、Nさんのマジックへの熱はますます帯びていきました。保育園の卒園時、将来の夢として『マジシャンになりたい』と文集に書き込んだほどです。また、小学生のときには、クラスのお楽しみ会で必ずトランプマジックを披露したそうです。
Nさんは、中学校の制服に袖を通してからしばらくすると、マジックから遠ざかりました。興味の針が他の遊戯に傾いていったからです。
そして、15歳のとき、病気で入院。病室で時間を持て余していたNさんは、視界に入ってきたトランプを手に取りました。そして、同じ病棟に入院中の女性に披露したのです。すると、その人の少し悲しげだった表情が驚愕の色を帯び、最後は笑顔になったのです。
「マジックは魔法ですかね。悲しい顔を笑顔にしてしまう。目の前で普通ではあり得ないことが起こって、それを心から楽しめます。これから、マジックをすることがぼくの心の支えになるかもしれないですね」(Nさん)
Nさんがマジックから遠ざかることは二度とありませんでした。
当ホームのリビングでも、Nさんはトランプを手にします。素早く器用にカードを切ってマジックを披露すると、他の入居者が満面の笑みを浮かべます。
普段から笑顔を絶やさないNさんですが、手品を成功させたときだけは表情が引き締まっています。マジシャンはマジックを成功させるのが当たり前のことだから......。