〝太宰治〟との再会

 昨今、街中から書店が次々と姿を消したり、電車の中で書籍を手にしている人が希少となったりしています。それが時流というものですが、少数派となったものの、まだまだ本を愛する人がいるのも事実です。「レインボーズアパートメント柴又」にも、読書を趣味としている利用者さんがいます。Mさん(50歳代・男性)は、流行作家の作品でもなく、ベストセラー小説でもなく、自己破滅型の私小説家・太宰治の世界を愛しています。

 Mさんが太宰の小説を初めて手にしたのが高校生の頃。父親が蔵書から何気なく引っ張り出したのが『人間失格』。人間社会のなかで上手に立ち回れない主人公が破滅していく内容の作品です。

 Mさんは、主人公の心情に共鳴したそうです。加えて、ジャンルは大きく小説の範疇に括られるものの、私小説の要素がふんだんに盛り込まれていたので自身を投影できたと言います。

 それから30年以上の歳月が流れ去り、五十路に突入したMさんは、再び太宰の作品に手を伸ばしました。若い時分に読んだ『人間失格』にも心を揺さぶられたのですが、齢を重ねて読んだ他の太宰作品群でも、主人公たちの心模様と自身の心象風景が重なり合いました。小説に、とりわけ私小説にすがりつきたい夜もあるのです。

 Mさんの居室には、けっして器用に生きたとは言えない私小説家の文庫本が、どんな装飾品よりも輝いて並んでいます。

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